2006.06.13
「野獣死すべし」で戦場報道カメラマンを志し、そのためにはまず英語だと思い大学の英文科に進学して、間違えて事務機商社に就職、関連会社に出向、その後我に返って法律家として独立というのが私のこれまでの履歴です。間違えて、と憎まれ口をたたくのは、お世話になった会社に対する愛憎相半ばする複雑な思いがあるからです。そこでは、破滅と紙一重の生活と同時に、人生を豊かにするさまざまな技術を学ぶことができました。そのひとつはコミュニケーション、もう1つは「情報通信」です。
最初の会社の時代、まだITという言葉はなく「OA」でした。コンピューターといえばNECのPC98が市場の8割、フロッピーディスクは8インチという時代です。インターネットというのは軍事関連の官公署か大学の研究室の専用ネットワークという認識しかなく、一般的にはまったく見知らぬ世界で、その中の限られたメンバーのみがパソコン通信という似て非なるもので細々とコミュニケーションをしていた時代から、私はこの業界に関わってきました。社内グループウエア電子メール、英文テキストのwebサイトから始まって、Windowsの誕生と進化などを横目で見ながら、最終的には世界最大規模のインターネット、ネットワーク、セキュリティ関連の機器やソフトウエアなどの販売や輸入などに関与しました。
しかしながら私は、考えられているほど情報通信技術そのものを理解しているわけではありません。システム・アドミニストレータの資格や情報処理技術をもっているわけではなく、SEやプログラマでもありません。あくまで「勘のいいユーザ」でしかありません。見知らぬ技術や機械についてなんとなく使い方や問題の解決方法にいたることができるのですが、これが大変な技術のように思われるようです。しかし実際はそうではなく、
コンピュータも情報通信機器も「道具」に過ぎない。
ということが分かっているに過ぎません。車の構造を理解していなくても運転することができ、原理が分かっていなくてもコピーが取れるのと同じです。恐れないこと、支配されるのではなく支配すること、です。
行政書士の試験に「情報通信」とわざわざ明記されたのは、政府がどんどん推し進めている電子政府の動きと無縁ではありません。従来から行政と国民の間に立つ役割をになってきた行政書士は、これからの時代電子政府と国民の間に立たねばなりません。よく、誰でも簡単にいろいろな手続きができるようになるのだから行政書士は廃業では?などというおもしろい意見を聞きますが、とんでもない、電子の手続きは紙のやり取り以上に一般の国民の方々にとってはとっつきにくいものです。新しいしくみの恩恵を受けられるのはあくまで一部のついてこられる人に限られるのです。それ以外の人はどうなるか。情報機器など無縁な人は社会生活上で多大な不利益をこうむるようになるのか?
彼らのために行政書士が立たねばならない。行政書士以外に誰ができるというのですか。
行政書士は行政書士用電子証明書というものを使い、電子的な手続きに精通しなければなりません。同証明書をもつものだけが参加できる行政書士専用ポータルサイトやスカイプを利用した情報交換などに参加していて思うことは、同じです。これらも道具に過ぎない。これらの技術の取得が目的になってはなりません。それらはその先にあります。
ちょっと高らかに歌い上げてみました。
最初の会社の時代、まだITという言葉はなく「OA」でした。コンピューターといえばNECのPC98が市場の8割、フロッピーディスクは8インチという時代です。インターネットというのは軍事関連の官公署か大学の研究室の専用ネットワークという認識しかなく、一般的にはまったく見知らぬ世界で、その中の限られたメンバーのみがパソコン通信という似て非なるもので細々とコミュニケーションをしていた時代から、私はこの業界に関わってきました。社内グループウエア電子メール、英文テキストのwebサイトから始まって、Windowsの誕生と進化などを横目で見ながら、最終的には世界最大規模のインターネット、ネットワーク、セキュリティ関連の機器やソフトウエアなどの販売や輸入などに関与しました。
しかしながら私は、考えられているほど情報通信技術そのものを理解しているわけではありません。システム・アドミニストレータの資格や情報処理技術をもっているわけではなく、SEやプログラマでもありません。あくまで「勘のいいユーザ」でしかありません。見知らぬ技術や機械についてなんとなく使い方や問題の解決方法にいたることができるのですが、これが大変な技術のように思われるようです。しかし実際はそうではなく、
コンピュータも情報通信機器も「道具」に過ぎない。
ということが分かっているに過ぎません。車の構造を理解していなくても運転することができ、原理が分かっていなくてもコピーが取れるのと同じです。恐れないこと、支配されるのではなく支配すること、です。
行政書士の試験に「情報通信」とわざわざ明記されたのは、政府がどんどん推し進めている電子政府の動きと無縁ではありません。従来から行政と国民の間に立つ役割をになってきた行政書士は、これからの時代電子政府と国民の間に立たねばなりません。よく、誰でも簡単にいろいろな手続きができるようになるのだから行政書士は廃業では?などというおもしろい意見を聞きますが、とんでもない、電子の手続きは紙のやり取り以上に一般の国民の方々にとってはとっつきにくいものです。新しいしくみの恩恵を受けられるのはあくまで一部のついてこられる人に限られるのです。それ以外の人はどうなるか。情報機器など無縁な人は社会生活上で多大な不利益をこうむるようになるのか?
彼らのために行政書士が立たねばならない。行政書士以外に誰ができるというのですか。
行政書士は行政書士用電子証明書というものを使い、電子的な手続きに精通しなければなりません。同証明書をもつものだけが参加できる行政書士専用ポータルサイトやスカイプを利用した情報交換などに参加していて思うことは、同じです。これらも道具に過ぎない。これらの技術の取得が目的になってはなりません。それらはその先にあります。
ちょっと高らかに歌い上げてみました。
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